サハラ砂漠

2010年12月09日

この先の路地に・・・その32


トードラ谷から帰って、今度は、サハラ砂漠へ連れて行って貰える事になった。

彼が連れてきた運転手の名前は、モハメッド。そういえば、名前を書いてなかったが、私たちを泊めてくれたのも、モハメッド。
お互い、モハメッドと呼び合っていた。ややこしい~。

モロッコでは、一家に一人は、モハメッドがいるらしい。
というわけで、道で、「モハメ~ッド!!」と呼べば、半分ぐらいの人が、振り向くのだ。
ん~やっぱり、ややこしい。

運転手モハメッドは、運転技術はいまいちだけど、見るからに人がよさそうな人物で、
信仰深く、時間になると、車を止めて、ござを持って走り、
メッカの方向に向かってお祈りを欠かさなかった。

しかし、いかんせん、車がぼろ。
エンストはするし、大丈夫なのか?ちょっぴり、不安。


周りは、草がまばらに生えている準砂漠へと入ってきた。
あれは、野生のラクダの親子?
サハラ砂漠




砂漠に入り、しばらく行くと、ついにタイヤが砂に埋もれ、動かなくなってしまった。
ひえ~、私はこんな所で、サハラの砂と化すのか・・・。


風が強くて、砂嵐も起こり、巻いてくれたターバンが、とっても役にたった。
砂漠の強い日差しや、砂から守ってくれるターバンは、砂漠の民には必需品だと、身をもって体験できた。


みんなで、必死で車を押す。

「ほら、あそこに、蜃気楼が見えるだろう。」なんて言われたけど、見えるような、見えないような。

なんとか、砂から脱出し、砂漠の中の小さなホテルへと到着したときは、あたりはもう暗くなっていた。




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この記事へのコメント

梅子さま

ベルベル人ってもっと野蛮で(失礼)自然な感じと思ってました。でも写真とか見てると意外に(失礼)近代的なのですね。

わたしが行ってみたい都市がトレド・グラナダ・トゥンブクトゥなんです。あとちょっと遠いですけどジンバブエも(笑)

ふつうの観光ツアーでは経験できないようなアットホームな触れ合いをされてる梅子さんがうらやましいです。

この先の路地に...と馬見原の近況情報、いつも楽しく拝見してます。
Posted by yoshi at 2010年12月10日 00:34
*yoshuさま

ベルベルの人達って、いたって普通(?)でしたよ(笑)

ジンバブエは昔ローデシアと呼ばれていた国ですよね。
私のいとこが住んでいましたが、紛争で南アフリカに移住しました。
結構危険そうなので、もし行かれる時は気をつけて下さい。

でも、なぜ、ジンバブエなのかがとても興味あります!

仕事を持っていると、なかなか、長い旅、自由な旅に出るのは、難しいですが、ぜひ、若いうちにチャレンジしてみてください。

馬見原の情報発信、これからもがんばります。いつも、応援ありがとうございます❤
Posted by 梅子 at 2010年12月10日 14:58
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